2024年にデビューした、ニットを軸に展開する気鋭の注目ブランド「カカン(KAKAN)」。原毛から手紡ぎした糸を用い、アートと交差するコンセプトを、ウェアラブルな服へと編んでいく。ファッションを通して、KAKANが目指すクリエイションとは、服作りとは…、デザイナー工藤花観にインタビュー。
手で紡ぐことで表現できる理想の形
──「KAKAN」といえば、ブランドを象徴するピースとして手紡ぎ、手編みのニットが印象的です。なぜ糸を紡ぐことから表現するようになったのでしょうか。
「子供の頃から粘土遊びが好きだったのですが、私の服作りはスカルプチャーに近いように思います。ファッションといっても、襟の形やステッチといったディテールにはあまり興味がなく、どちらかというと、コンセプトを構築して、それをウェアラブルに昇華する、パフォーマンスアートのようなアプローチが好きですし、実際に感動することも多いです。そういった表現をファッションとして捉えています。手紡ぎのきっかけは、学生時代のプロジェクトで原毛からフェルトを作ったんですが、そこから植物の根っこが出てるように編み目から継ぎ目なく自然と派生していく様子を表現したいと考え、思い付いたのが原毛から糸を紡ぐことでした」
──その手法を採用してみてどうでしたか。
「私は水彩でデザイン画を描くんですが、手紡ぎだと、ちょっとだけ違う色を混ぜたり、紡ぎ機の途中から色に変化をつけたり、自分の糸ができる。水彩画に近いフォーマットとしても適していたんです。それに糸自体も歪だったり、色が溶け込んでいたり。同じ色の中でも立体感や表情が出てきて、まるで絵を描いているような感覚。大変ではありましたが、面白いなと思って、卒業制作も手紡ぎのニット作品にしました」
──KAKANの出発点もそこにあったのですね。
「でも学生時代はあまり評価されなかったんです。卒業してから数年後、日本で展示する機会があり、その場で作品に興味を持ってくださる方と出会えたことがとても嬉しく、大きな転機になりました。これをちゃんと続けてみようと思い、KAKANを立ち上げました」

──そもそも、なぜニットを軸に展開しようと思ったのでしょう?
「母がハイゲージの薄手のきれいなニットを持っていて、個人的に女性がニットを着る、生活に根差した感じが好きだったんです。それに、ヨウジヤマモトでインターンとして働いていた時に、憧れていたラグネ・キカスというエストニア出身のニットデザイナーがいて、彼女の作るニットにインスパイアされて自分でも作ってみたいと思うようになりました。いまKAKANを一緒に手がけているパタンナーとも、その当時ヨウジヤマモト プールオムで出会いました。彼は文化服装学院のニット科を卒業後、ニット工場やプールオムでニットやカットソーのパタンナーと生産を担当していて、現場での知識が豊富です。学生のころから今に至るまで彼にアドバイスをもらい試行錯誤をしながら、ひとつずつ一緒に”かたち”にしています」
──ニットで表現したいことは?
「ニットで大きくてボリュームのあるものを作りたいけど、そうすると、どうしても重量が出てしまというジレンマがあって。それをちゃんと世の中に伝えるにはどうすればいいかを考えました。KAKANの手紡ぎのニットは、紡いだ糸を太い棒針で緩く手編みすることで、見た目の印象よりも空気をはらんでずっと軽いんです。また、強く撚ることでくるくるとシュリンクしたようになり、人の体型に合わせて伸縮する。ドレスもコートも伸びるから着る人の体型を選ばないし、ダウンの上から着ても、生き物のように這うようなシルエットになる。布帛だと裁断したり間違えたら戻れないけれど、ニットは解いて編み直すことができる。そういった寛容さも、自分にはすごく合っていると感じています」
アートから派生しファッションに変換する

──セントマーチンではファインアートを学ばれていたそうですが、コレクションの中でどう影響していますか。
「コレクションの発表の仕方ももっとインスタレーション的にやりたいんですが…。対象があって『なんだこれは』という言葉にならないゾクっとする感覚が現代アートの魅力だと思いますが、まだそこは表現し切れていません。でも2025AWでは、学生時代のプロジェクトをアップデートしました。イメージソースとなったスケッチブックは、2020年頃に作ったもので、デビューから3シーズン目を迎え、少しブランドが認知されてきた今、もう一度スタート地点に立ち戻ろうと思いました」

──どんなプロジェクトだったのでしょう?
「『Biophilia & Ephemerality(バイオフィリア&エフェメラリティ)』というタイトルですが、バイオフィリアは、人が本能的に自然とのつながりを求める概念。エフェメラリティは儚さや短命さを意味する言葉で、両方を掛け合わせた造語です。このテーマの着想源になったのは、学生時代に見たダグ・エイトケンの映像インスタレーション作品『The Garden』でした。熱帯植物に囲まれたガラス張りの部屋で、登場人物が家具を次々に破壊していく。その行為は怒りの剥き出しでありながら、どこか静かで美しく、それと同時に心地の良い混沌がそっと心に残りました。私はロジカルなファインアートの概念に、感覚的にピンときた色や素材などの要素を足して、最終的に全部をマージ(融合)してファッションに変換するという作り方をしています」
2025AW
──その考え方を発展させて、2025AWのコレクションへとつなげていったと?
「テーマに掲げた『Spring Ephemeral(スプリング・エフェメラル)』というのは、”春の儚さ、短命”という意味で、厳しい冬を乗り越え、雪解けの頃、わずか2ヶ月だけ地上から顔を見せて花を咲かせる植物を指し、春本番を迎える頃には枯れて地中に還ってしまう。そのためにある、この言葉が詩的で素敵だなと思って。一瞬の美しさにある儚さと強さにすごく惹かれました。同時に、バイオフィリック・デザインという、人と自然が建築や都市空間の中で共生していく思想にも共感していて。現代では高層ビルの屋上庭園が造られたりしていますが、昔から宮殿には庭があり、建物の中に植物を取り入れたり、人は本能的に自然を求めてきました。リサーチを通じて知った様々な事象から感じ取れる、意識と無意識の間の言葉にできない感覚を大切にしています。一見、ファッションとは直結していないことをファッションへとリンクさせていくのが好きなんです」

──そうして築き上げた概念を実際に服に落とし込む時は、どういうアプローチですか?まず造形なのか、色なのか、それともスタイルから考えるのか。
「どちらかというと造形かもしれません。思いついたアイデアやイメージを切って貼ってという作業をしていますが、何度も繰り返すうちに、氷山の写真から形が浮かんで来たり、コラージュの先に現れるというか。今回は自然とのつながりをどう衣服で可視化できるかを探っていきました」
環境の一部としてのファッションを目指して

──セントマーチン卒業後はイタリアでさらにファッションを学んだそうですが、なぜイタリアだったのでしょうか。
「ロンドンは美術館やギャラリーが充実していて、刺激を受けるにはいい場所でした。ただ、日本と同じ島国だからか、文化的にもカラーパレット的にも日本に似ている印象も受けました。もともとヴァレンティノやジョルジオ アルマーニ プリヴェのようなイタリアのクチュールが好きだったのもあり、私もヴィヴィッドできれいな色を使いこなせるようになりたいと思って。それに食文化も街も建築もいい意味でのアンバランスな感覚が天才的で、どこか洗練されきってない素朴さが残っている気がします。また、若者とお年寄りが自然におしゃべりしている、そんな日常の風景もすごく素敵で、イタリアという場所の無邪気な人間らしさを感じました」
2024AW
──実際にイタリアで暮らしてみて肌で感じたことは?
「とにかく色彩感覚が豊かで鮮やかで、その大胆さに何の迷いもない。年配の女性も臆することなく水色のワンピースを着ていたり、自由にファッションを楽しんでいる。イタリア人は日常の中に美しさを見出すのがうまいので、そこで暮らすことで、彼らの生き方、色や光の捉え方、感性を自分のものにしたかったんです。デザイナーとしてもそうありたいと思っています」

──お話を伺っていると、その土地での暮らしやその人の生き方から培われた美意識で気ままにファッションを楽しむことの豊かさを感じます。工藤さんにとってファッションとはどういう存在ですか。
「私がファッションを好きになったきっかけは、幼稚園の頃から外に出ることや人前で自然体でいることに不安があったことにあるのかな、と思います。そんな日々の中で”おしゃれをすること”は自分の機嫌を取ることや安心感に繋がっていました。ファッション=戦闘服や防御をするため鎧というような言い回しをよく見聞きしますが、私にとってファッションは奥深く自分の一番柔らかいところを包み込む羊水ような存在という表現がしっくりくる気がします。ファッションに私はずっと救われてきました。
また、私はファッションを環境の一部として捉えています。ヨーロッパで暮らして感じたのは、建物や街の風景と人の装いが調和しているということ。例えば、ロンドンのパブや、ミラノのレストランやカフェ。外にテーブルが並び、街のなかで人が楽しそうに食事や会話をしている光景には、街全体がひとつの舞台のように感じられる瞬間があります。建物も、人も、服も、バラバラに点として存在しているのではなく、都市という大きな景色の中で有機的に関わり合っている、そんな印象を受けました。
だからこそ、生まれ育った国や文化が違っても、KAKANの服を身に纏うことで、誰かがその場に“ただ存在するだけで”少しの自信が湧いたり、通りすがりの誰かの心にもそっと視界の隅で花を添えることができるような。視界の隅のちょっとしたノイズでもいい。そんな服作りができたらと願っています。必ずしも美しさだけではなく、ちょっとした異物感であっても、それを含めて空間が成立しているというか。アート的なアプローチですが、そんなふうに人と環境の間に自然と存在するファッションを目指しています」
──いい意味での違和感のようなものでしょうか。 調和しながらも個として存在を証明できる服でないと成立しないですよね?
「極論、KAKANの服を着ているから、その人が魅力的に見えるということをも超えていきたいと思っていて。魅力的な人がいて、ふと見たらKAKANを着ていた。そのくらい自然な佇まいを理想としています。コム デ ギャルソンやマルタン マルジェラの服も、”人が装うことで生まれる空気”まで設計されているような気がしています。そうした服と人間の関係性まで思考するデザイナーという在り方に私は惹かれます。デザイナー=表現者としての側面だけではなく、プロフェッショナルな仕事として自分自身もそうありたいと思います」
受け継がれる服、最初に選ばれる服になりたい
2025SS
──イタリアから帰国後、インターンを経て、早い段階でKAKANを立ち上げていますが、インターンで経験したことは、ブランドにとって、工藤さんにとってどう生きていますか。
「在学中にコロナ禍で一時帰国をすることになり、その間、いくつかファッションブランドで働いた後、化粧品会社でもインターンをしました。そこでの経験は私にとって人生の財産と言えます。装うことの本質を学びました。着飾ったり、顔だけをメイクアップで整えたり、外見を繕えばいいわけではなく、『皮膚』は人体最大の臓器として体内と繋がっている。顔や、頭皮から粘膜まで繋がっていて多くの機能や感覚を持っています。だから、アートを見て心が揺さぶられることも、肌に服が触れることも、それは誰もが持つ身体感覚としての美しさであると実感しました。
そして何より現場の美容部員さんを教育、サポートをするエデュケーション部署の方々の姿が本当に素敵でした。外見だけでなく、知性も、哲学も、自分もしっかりある。“美しくある”とは内面からにじみ出るものだなと、あらためて気づかされました。一方で、美しさに正解はないことも学びました。完璧さも、不完全も、醜さもまた美しさかもしれない。その上でその曖昧さや機微に耳を澄ませながら、私は”美しくある”ことへ向き合いたい。私はその揺らぎを服に映し出したいと思っています」

──その考えが、KAKANの女性像にもつながっているのですね。
「化粧を施していなくても、ジュエリーをつけていなくても、さらりと服を纏うだけでかっこいい。でも子どものような愛らしさも宿しているような、そんな女性に私は色気を感じます。また、古着、新品、ブランド物、たとえファストファッションでも、偏見なく自由に楽しんで服を着る人。自分の内側に豊かな多様性を持つ人。土壌に多様な微生物や栄養素が豊富であるほど、植物は健やかに育つそうです。人もまた多様な感情や経験、想像力を同時に持つことができる。知性の本質は優しさだと私は思います。KAKANの女性像にも、そんなしなやかさを映し出したいです」

──数ある選択肢の中で、KAKANの服とはどんな存在ですか。どんな存在であってほしいと思っていますか。
「私にとってファッションがそうであるように、KAKANの服も誰かにとってのお守りのような存在になってくれたらと願っています。
そして、私の場合は、女性なので母のお下がりをたくさん着て育ちました。だからこそ、母から娘へと引き継がれる服を作りたい。また一方で、自分のお金で買う一本目のリップをシャネルにするか、ディオールにするかって、それはとっても重大な選択だと思うんです。そんな”人生の一本目のリップスティック”のような一着になれたら嬉しい。日常生活の彩りとしてはもちろん、結婚式であったり、人生の大事な節目に選ばれるブランドを目指して日々頑張っています。
2025AWのコレクションより。(左)海外で暮らしている中で励みになった言葉「IT’S OK TO SAY NO」を編み込んだカウチンカーディガン。(右)ボリューム感はありながら軽い着心地を再現したフリース素材のロングコート。
そして、世の中には優れたプロダクトがたくさんありますが、ブランドとデザイナーの哲学が線になっているからこそ価値を持つと思います。可愛いから作るという純粋な楽しさやパッションもファッションの大切な一面。ですが、芯を持ち、それを伝えること。共感され、結果として永く愛されることで、受け継がれていく存在、服になれるのではないかと感じています。ブランドを始めて約一年。お客さまからの連絡に胸を打たれ、涙することも多くありました。これからも愛と感謝を込めて、ものづくりを続けていきたいと思います」
KAKAN
URL/https://kakanars.com/
Instagram/@kakan.ars
※Numero CLOSETにて7月中旬より、KAKANの手紡ぎニットアイテムの受注販売予定。詳細は後日ご案内します。
Photos:Hiroki Oe, Yuki Qudo Interview & Edit:Masumi Sasaki
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